
定価:1,050円(税込)
2012年5月24日 発売
247ページ
ISBN978-4-7648-2360-0

著者紹介
臼井幸彦
(うすい・ゆきひこ)
1944年福岡県生まれ。京都大学工学部土木工学科卒業。同大学院工学研究科修士課程修了。工学博士。1970年に日本国有鉄道に入社後、1987年北海道旅客鉄道株式会社入社。同社常務取締役開発事業本部長を経て、2007年札幌駅総合開発株式会社社長。現在、同社会長、多摩美術大学環境デザイン学科客員教授。著書に『駅と街の造形』(交通新聞社)、『映画の中で出逢う「駅」』(集英社新書)、『シネマの名匠と旅する「駅」』(交通新聞社)などがある。
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映画に登場する駅や列車について、
JRの駅開発のスペシャリストが語ります。
映画のなかにはさまざまな駅や列車が登場します。長年に渡りJRの駅開発プロジェクトを手掛けてきた著者が、その駅の構造や歴史、列車の形式などについて蘊蓄を傾けます。鉄道ファンばかりでなく、映画のディテールにこだわり、雑学を愛する映画ファンばかりでなく、雑学を愛する映画ファンにも絶好の一冊。この本を読めば、映画の見方が変わるかもしれませんよ。
プロローグ
ラ・シオタ駅からの出発
私は仕事柄、外国旅行の際にも旅先の街の駅にわざわざ立ち寄ることが多い。そこにはコンコースや駅前広場を行き交う市民や旅客の生々しい息づかいがあり、生きることへの共感を覚える。市民生活の断面を映し出し、世相を色濃く反映する駅では、集散する人々の希望と失意、喜びと悲しみ、出会いと別れといった想いが交錯し、織り成されることによるのだろう。そのせいか、駅を舞台とする映画の中の主人公は、観客の心の襞に触れるどこか憂いを帯びた表情を持つ人物がふさわしく、特に恋愛映画では幸せな恋よりも悲恋や不倫愛など、複雑で悩ましい恋がよく似合う。ルイ・リュミエールの映画「ラ・シオタ駅への列車の到着」(1895)で始まった映画117年の歴史の中で、駅と映画の間には、このように駅が映画の空間的イメージを想起させやすい『絶妙な関係』が育まれている。
近年、日本の大都市の駅では商業、ホテル、オフィスなど、多機能が大規模に複合化された駅ビルが駅と一体的に開発される事例が多く見られる。大規模がゆえに既存の都市構造や都市景観に与える影響等、課題も多いが、駅が従来の単なる交通拠点から地域間交流の拠点へとその都市機能が大きく変貌しているといえる。大都市では、今後、駅機能と一体的に開発された複合機能ビルが、『駅』と認識される時代になるだろう。
そんな状況の中、札幌駅や大阪駅、博多駅などのように駅ビルの中に映画館が組み込まれる事例が増えている。それも5スクリーンを超えるシネマコンプレックス(略称:シネコン)方式の大規模なものである。少子高齢化時代の地域間交流拠点の役割を担う駅の装置としては、商業、業務、宿泊施設だけでなく、劇場や映画館のような文化施設の導入も必須となる。
映画館の観客として、非日常の世界にひたり、その後は同じビル内の百貨店や高級専門店で、スクリーンの夢の世界に垣間見たきらびやかな商品を物色したり、ウインド・ショッピングをしたりして、いつものように駅から列車に乗って帰宅する。ここでは駅の商業施設が駅と映画館をつなぐ、日常と非日常の柔らかいインターフェイスになっている。この非日常と日常、映画と鉄道の穏やかな循環が、従来の『駅と映画の関係』をさらに奥深いものにし、大規模に機能が複合化した駅の新しい魅力となっている。駅の商業施設へのシャワー効果を期待する意図もうかがえるが、映画館が複合施設としての駅の魅力を高めていることは否定できない。それは映画「ラ・シオタ駅への列車の到着」に始まった『映画の中の駅』の関係から『駅の中の映画』ともいえる、新しい『駅と映画の関係』を創り出す可能性を感じさせる。
本書は、交通新聞に連載したエッセイ『シネマと鉄道』に加筆、修正し、再構成したものである。登場する鉄道、中でも特に駅が印象的な映画を採り上げ、それぞれの駅と映画の絶妙な関係とその時代背景などを作品ごとに掘り下げることを試みたものである。
古典的名作から現代作品まで70本の外国映画を対象に、5本ごとに設定した14のテーマに基づいて、様々な駅の風景を楽しんで頂ければ幸いである。
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目次
プロローグ ラ・シオタ駅からの出発
第1章 日常と非日常
「逢びき」/「終着駅」/「旅情」/「恋におちて」/「運命の女」
第2章 恋の不思議
「突然炎のごとく」/「ブーベの恋人」/「ラストタンゴ・イン・パリ」/「ママと娼婦」/「仕立て屋の恋」
第3章 ホームの別れ
「女ともだち」/「シェルブールの雨傘」/「男と女」/「ひまわり」/「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」
第4章 旅立つ駅
「カサブランカ」/「青春群像」/「昼下りの情事」/「偶然」/「さよなら子供たち」
第5章 列車の旅路
「夜行列車」/「離愁」/「ジュリア」/「霧の中の風景」/「みんな元気」
第6章 密室のコンパートメント
「見知らぬ乗客」/「007/危機一発」/「オリエント急行殺人事件」/「建築家の腹」/「ヨーロッパ」
第7章 降り立つ駅
「第三の男」/「田舎司祭の日記」/「欲望という名の電車」/「静かなる男」/「地下鉄のザジ」
第8章 家族の絆
「大地の歌」/「パパは、出張中!」/「レインマン」/「悲情城市」/「ゴッドファーザーPARTIII」
第9章 ぽっぽや
「鉄路の白薔薇」/「獣人」/「鉄路の闘い」/「鉄道員」/「殺意のサン・マルコ駅」
第10章 駅のたたずまい
「真昼の決闘」/「明日に向って撃て!」/「刑事ジョン・ブック/目撃者」/「グラン・ブルー」/「ミッション:インポッシブル」
第11章 駅の大階段
「北北西に進路を取れ」/「若者のすべて」/「ディーバ」/「アンタッチャブル」/「ヴァンドーム広場」
第12章 駅と列車のサスペンス
「嘆きのテレーズ」/「リスボン特急」/「カサンドラ・クロス」/「暴走特急」/「ニック・オブ・タイム」
第13章 戦争と駅
「哀愁」/「大列車作戦」/「愛と哀しみのボレロ」/「ラストエンペラー」/「嵐の中で輝いて」
第14章 駅のエンターテインメント
「インドへの道」/「フィッシャー・キング」/「サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方」/「北京ヴァイオリン」/「スラムドッグ$ミリオネア」
エピローグ 映画の神様と駅の神様
作品索引 |